切端日記「歌日記」2012年4月
四月の歌日記について
一日一首は四月から早くも挫折してしまひました。今迄もさうではありましたが、特にこの月からは、日付と、實際にその歌を詠んだ日とが必ずしも一致してをりません。また詞書——その日の短い記録——も書き付けるのをサボつてしまつた爲、短歌のみです。ただひとつ、記録として、四月二十一日に短歌の朗讀會があり、僕は仕事の爲遲刻してしまつたものの、非常に樂しく有意義な時間を過ごせたことを書き添へておきます。
- 4月1日
- 退屈だ 枯山水にブルゴーニュ産のワインを流す毎日
- 4月2日
- ステーキは喰ひ飽きたから大賀蓮の實でお粥でも作つてみるか
- 4月3日
- 唇を歪めたやうな雲走る空一杯の惡意に滿ちて
- 4月4日
- 不器用な金網越しの指切りを思ひ出す程春は哀しい
- 4月5日
- ぼうと浮く君と僕との罪深さ 櫻の下の負の空間で
- 4月6日
- 街からの紫色の重力を避けて自轉車漕げば春風
- 4月7日
- 肩先に止る花瓣振り拂ふあなたの爪も櫻の色だ
- 4月8日
- 點と見た若葉が急に面となり容積となる春の力よ
- 4月9日
- 廣告が王樣だつた日々からは遠く離れて山菜を噛む
- 4月10日
- 砂時計仕掛の盾を驅け拔ける血の結晶が叫ぶ「好きです」(まどか☆タンカ試案)
- 4月11日
- 春風が夢を含んでゐるせゐで傾ぐ花卷グランド電柱
- 4月12日
- 花韮が屑セロハンと枯れゆけば冬將軍の鎧も朽ちる
- 4月13日
- 春の窗それぞれ開く町に立ち私は人を待つふりをする
- 4月14日
- エッチな繪描けど常々思ふなり歌詠まずして何の我ぞと
- 4月15日
- 霧深き胎内巡りのやうな街 贋作畫廊の緑色の燈
- 4月16日
- 鴨居からおためごかしを取り外し空を見られるやうにしました
- 4月17日
- 夕暮れの早い地域に住んでゐるあなたも妻になつただらうか
- 4月18日
- 「要するにリアリティ」だと二杯目のモカがあなたを大膽にした
- 4月19日
- 唐突に「そんな前衞ごつこなど辭めてしまへ」と落ちてくる額
- 4月20日
- 春風に研がれた白い校庭に散花の波右へ左へ
- 4月21日
- 春風に今年初めの腕まくり やる氣はとても揮發しやすい
- 4月22日
- 申し譯ない申し譯ないと言ひ轉がる五年前の空き罐
- 4月23日
- 風穴の開け方をまた間違へて吹き寄せられたこのどん詰まり
- 4月24日
- なかなかに我になつかぬ印刷機宥むる夜は雨も煩し
- 4月25日
- 不遇とは不遇をかこつ心なりと知れども辛き貧乏暮らし
- 4月26日
- 才能の無さと嫉妬の深海にもがき續けて四十餘年
- 4月27日
- 大人しく飯喰ふ猫の背中にも蝶は用心して乘りはせず
- 4月28日
- 春風の中でつらつら惟みるに猫の額は確かに狹い
- 4月29日
- 何故そんな狹い所にはまるのか窗硝子には猫の背の地圖
- 4月30日
- 雨は嫌だ特に涙ともろともに手帳に皺を寄らせる雨は