切端日記「歌日記」2012年2月

2月1日
二月の始まり、何だかぼんやり。やるべきことは澤山あるといふのに。
鉛筆の尖り具合を確かめて開く不可視の庭園の鍵
2月2日
非常に調子が惡く、一體どうしたのだらうと考へたら、昨日飮んだ酒が原因のやうです。それにしても、みんなと飮んだ場合は翌日そんなに酒が殘つてゐることはないのに、獨人で飮んだ場合は後で苦しみがちといふのは、どういふことなのでせう。
酒はもうやめるべきかと覗き込む洋式便器のブラックホール
2月3日
割と良く働いたのではないでせうか?
人の世はどこか荒野に似てゐるかお笑ひ草が伸び放題の
2月4日
頭を使ふと、頭の芯のはうや、顎の邊りがガクガクするのは何故でせう?今日はストレスと感動が同時に來た感じで、やや戸惑ひ氣味です。
水滴に光は結びまた解け電柱はこの一瞬寶樹
2月5日
サウナに入つたら、やたらとリラックスしてしまひ、やる氣が全くなくなつてしまひました。リラックスし過ぎるのも考へものです。
點々と地には新芽が春を待つ腑拔けた俺もやり直すかな
2月6日
昨日のサウナの影響か、變に體が輕く、氣分だけが空囘りした日でした。
曇天に振りかざされる黒い旗ではなくあれは老いぼれ烏
2月7日
仕事で脚本のやうなもの(飽く迄「やうなもの」)を書いてゐたら、知惠熱?が出たらしく、頭がグラグラし始めました。今日はほぼ半日、酒を飮んだ譯でもないのに、醉つ拂つてゐるやうな感じでした。
眼を瞑り思ひ出すのは春の野の風のそよぎと虻の羽音と
2月8日
深夜、また銀河鐵道が停車。よりによつて、pupaのLet's, Let's Danceを聽いてゐる時に。
天才が集めたものが天空へ挨拶も無く散らばつていく
2月9日
昨晩、發泡酒一罐でヘロヘロに醉ひ、寢てしまひました。そのせゐで妙に早起きしてしまひ、出社前にイラストや原稿をやれたのはまあ餘得と言つていいでせうが、その代り、一日中またもやぼんやりしてゐました。
スレートの屋根に融け殘る霜の跡三角定規のやうに律儀に
2月10日
文法は「選擇出來る條件」ではなく「前提條件」の筈だが?僕の立ち位置はそんなにをかしいものなのだらうか……?
眞四角な食肉卸工場の脇で土筆を摘めば春です
2月11日
まあ、全然勉強不足だつてのは、知つてはゐるんです。
奇しくもその後、皆と飮んで、自分は今年になる迄短歌が文學であることに氣がつかなかつた、と言つて、呆れられる展開となり、……その日は醉つて短歌を詠めませんでした。ああ、遂に、歌日記に空きが!以下の一首は、後で詠んで埋めたものです。
諦めれぁいいぢやないかと辻占は言つた 馬鹿な、と栞を千切る
2月12日
DJイベントに行きました。が、とあるゲストが登場した瞬間、殺到したヤングに僕は押しつぶされ、身の危險と激しい疲勞を感じたので、會場の箱を早々に退散しました。弱くなつたものです。恥づかしいことです。
燃料はおそらくは「時」今日もまた勝手に走る銀河鐵道
2月13日
寢不足でクラクラ……なのに、職場で居眠りしませんでした。仕事がそこそこ忙しかつたから?
早朝の霜殘る道ささやかに星座修復工の足跡
2月14日
何だかスツポリ拔け落ちたやうな一日。
僧正に身代金を借りに行く俺の白髮を濡らす粉雪
2月15日
コインランドリーで洗濯中、眠くて眠る私……。
そそり立つ鐡のオブジェの影落ちる場所に聲なき千の亡靈
2月16日
……
唾棄すべき作り笑ひが張り付いた壁二三發毆つても雨
2月17日
餘裕が無い時つて、本當に、短歌を考へられないものですね。今日のはとにかく、出來が良くない。それでも。
言ひ譯に過ぎないやうな氣がしてゐる貧乏だけど本當貧乏
2月18日
……
そこら中放り出された免罪符踏み分け踏み分けとりあへず外へ
2月19日
……
暗き堂に妙音聲は滿ち滿ちて青年僧は首筋を掻く
2月20日
前にも書いたやうな氣がしますが、細々とではあつても、この日記は「公開」してゐるものなのですから、書きづらい、書けないこともあります。二月十九日、僕は身延山に行つてゐました。有難かつた。しかし僕は、その有難さを聯れて歸つては來られなかつたのです。
(歌は正確には二十一日のもの)
さういへばあまり泣かなくなつたなと古い手帳を開けてつぶやく
2月21日
……
ひさかたの光射し込まない部屋の孤獨會議は沈黙の中
2月22日
この日記に、文のはうを書かない日が増えてきました。忙しかつた譯でもないんですが……いや、文章を書くのに時間を使つてゐたから、それはそれで忙しかつたと言へるのか。これを書いてゐる今も、とても疲れてゐて、何だか文が變です。のんびりしたいなあ。
雨降つて地が固まつて呆然と丸い大きな吹き出しが飛ぶ
2月23日
昨日の疲れで大遲刻。それなのに、笑ひ乍ら仕事をしてゐました。今週は何だか變です。
怨念が突き拔けていく地下鐵のホームに君のルージュが咲いた
2月24日
小説を書くのならば、小説とは何かをまづ知らなければならない、と思つて、いろいろ讀書をしてゐるのですが、本を讀んでゐると眠くなつてしまふ癖がついたやうで……。
二十年間サボり續けてゐた、といふのはあながち誇張ではなく、誰もが僕の遙か前方を走つてをり、とても追ひつけさうにありません。後ろから來る人々にも、ぢきに追ひ拔かれていくでせう。僕は獨人、呆然と、皆樣の後ろ姿を眺めるだけです。それでも、こんな風にやつていくしかない。
圖書館の拂ひ下げ本詰め込んだリュックを擔ぐ背が暖かい
2月25日
かつて切れ味をもつて恐れられた人が、好々爺になつていくのは、安心するやうな、一方で悲しいやうな。
草を撫でべたつく指を舐めるのは危險な戀の代用行爲
2月26日
昨日のサウナ疲れで十二時間……は大袈裟だな、でも少なくとも十時間は眠りました。肉體、精神、共に弛緩。何かをやり忘れてゐるやうな氣分です。
巫女さんが可愛らしくてつい二本引いた御神籤片方は凶
2月27日
昨日のそれからを補足します。谷保天滿宮の梅祭を少しだけ見て、帽子を買ふ爲に中野ブロードウェーへ。その後、ちよつと道に迷つたやうになつて、辿り着いたのは高圓寺・あづま通り。生まれて始めて來たここは、古本屋さんの多い通りでした。何册か買ひ求めました。
おほむね幸福な一日でしたが、それもたまたまお金があつたればこそ。お金は大事です。
そして今日の仕事は、何だか獨人相撲を二三番聯續してとつてゐたやうな感じでした。
朝露にズボンの裾を濕氣らせて忘れろ ボール紙のパノラマ
2月28日
本を讀み乍ら居眠り。それが何となく日課になつてゐます。今日は、本を手にしたまま眠つてしまつた爲、危ふく本を折り曲げてしまふところだつた。氣をつけないといけません。
マグリットが千日かけて描き上げた雲を目當てに飛ぶのか小鳩
2月29日
大雪が降りました。
ありふれた憂鬱ならば雪に埋め冷えた梵字で鎭めてしまへ