櫻花リターンズ

驛前の櫻は服が欲しさうに季節の輪からはみ出して咲く
櫻咲く頃に散らかし放題の氣持を君に傳へるつもり
夜もふけて水銀燈の青光り受けて櫻も化けたみたいで
まだ雨の冷たい頃だ 厚着して飮む櫻酒 それも嬉しい
氣の早い君は素足をあらはにし櫻の下を風切り驅ける
この辻で猫に出會へる確率をおしはかりつつ見上げる櫻
春雷がうづくまる空の片隅を押し上げる程の櫻のさかり
櫻菓子竝ぶデパ地下くぐりぬけ春のふところ淋しくなりぬ
見上げればでつかい夢が吹き上がりはじけるやうな櫻滿開
美しく生きようなどと馬鹿らしいことは言はずに飮まう花見だ
滿開の櫻の下で思ひかへす 繪を學ぶ氣になつたのは何故
花よ咲けぬるい流れに足首をひたして君を待つてゐるから
花筏割つて一息ついたあと がつかり顏の鯉が沈んだ
新しい服の窮屈さを思ふ 櫻の下で子らはにぎやか
ひとつだけ風をはみだし散つていく花を追ふ子の靴音速し
息を止める 君の袖へと飛び込んだ花ひとひらをつかみ出す間に
春風の曲面に沿ひ舞ふ花の落ち場所はまだ決まらないまま
春嵐枝垂櫻の指すはうへ虻が律儀に飛び去つていく
家々にある暗きもの悲しきものうち拂ふべく散れよ櫻よ

2008年4月14〜19日、東京都新宿區の畫廊「ゑいじう」にて、畫家・さいとうじゅんさんの個展「さいとうじゅん作品展 ―桃櫻 花とりどりに咲き出でて―」が開催されました。これは、詩人・歌人總勢23名の櫻をテーマにした作品にさいとうさんが繪をつけていくといふ企劃に基づき行はれたものでした。

このページは、その展覽會の爲に僕が提出し採用された短歌を中心に、その他の櫻を詠んだ短歌をいくつか加へて再構成したものです。