旅の途中 絵とことば展 提出短歌集

タンポポが種子をやたらと投げているありとあらゆる未来の方へ
夕空に雲がアラビア文字になり西へ西へと流れていった
脇役で済まされる筈もなかった雲があんなに輝いていたから
言いさしの言葉を胸に掛けたまま準備不足の旅がはじまる
旅の途中ぞんざいに扱った本の表紙の反りがむしろ愛しい
莢の中豆が並んでいるように僕らが眠る深夜特急
旅もせず無駄に長びく人生と言わせるものか立ち上がってやる
今しがた降りた列車の窓の中ぬっと現わるおなじみの月
眼前に光の凝る場所ありてそを川面とは気づかざりけり
にがうりの表皮のようにでこぼこの心を均す旅路なのです
この街の挨拶はやや乱暴だ負けるな俺も元気にいこう
夏の日に風四方からおしよせて砂絵に刻むたくさんの愛
雨上がり機械油が見せる虹蹴散らしていく犬が一匹
港には間抜けな色のモニュメント俺はそんなに嫌いじゃないぜ
七色の花かと思いよく見ればみんな小さな朝露だった
窓に付く霜の形を地図と見て君の家とか勝手に建てて
この僕がどんなに鬱であろうとも回り続ける地球は偉い
旅先の地方競馬の開催のビラは真っ青虚空のように
果てしない夜をつんざき突っ走る星はその名を誇れる筈だ
電線に星が二三個絡まったそれでラヂオが聞こえづらいのか
俄雨去って梢に水玉が臨時に貴石として輝く
ひとむらの風の言葉を翻訳しあなたは詩へと変えるのですね
一晩中銀河の底で鳴る笛に聞き入っている冬の街路樹
旅先でひいた神籤が告げている吉方位には帰れないんだ
この歌は僕と一緒に旅をしたシャープペンシルで書いてるんです
春の夜の星座の変な傾きにそそのかされてはじまった旅
オブラートでできた書物が空いっぱい満ちれば秋は静まりわたる
限りない進化の末に石になるそんな予言は信じたくない
僕は屹度今絵の中の人であるぬるい空気に塗り込められて
占い師に前世は鳥と言われても今日また僕は地下鉄に乗る
ところどころ山が炸裂してるのはあれは桜とあとで気づいた
みんなして空を目指して走ってこう高い濃度の虹が出たなら
ここんとこの心の底の紙ヤスリをひっぺがすような朝焼けなのだ
おなじみの街に風車が建つ頃には君も大人になってるのかな
おしなべて誰もが旅のしっぱなしジュール・ヴェルヌの本の中では
満月は磨きだすのに二週間こっそり僕に言う彫金師
奇天烈な山の名前を地図で見てちょっと登ってみたい気もした
山霧は朝日にとうに消えしかど菩薩の影の未だ居らるらし
君のことまた思い出してるようじゃダメだと宿の枕を殴る
時刻表数字まばらな駅に立つ旅はまだまだ先があるのに
悲しけりゃ悲しいままにこの声を投げ返してくる律儀な木霊
大いなる光のもとにうずくまる岩に命の由来を聞いた
テレビでは屹度やらない天気予報君の気持ちは明日晴れます
朝焼けの雲をふちどるフィラメントカメラはどこだどこだカメラは
一面の麦の畑に聞き入りたり光合成のかすかなる音
図書館のいちばん奥に置かれてる風の辞典を開きにいこう
旅帰りポッケに残るレシートの熱転写文字きれいな地名
けがれなき少女の肌に触れるように手に取る本があったっていい
この町は細かい路地のそれぞれがまるでひとつの物語です
バスを待つ犬は吠えるし首に汗時計はいっそはずしてしまえ
思い出はふちのかけてるカップとかベリーのしみのついた椅子とか
秋桜が乗りたがるのも知らないでバスがゆっくり曲がって行った
島へ行くやたらと長い橋の上で僕は帽子を脱ぐ気になった
一箱の莨きっちり吸い終えた僕を急かせる発車のベルが
足元でさえずる僕の自転車は春の空気に圧されて西へ
暑すぎて海にも陽炎が立ったあの日展げた帆がここにある
君に会い心の中の湖に今一匹の魚がはねた
砂浜に陀羅尼を書いて寝転がる慈悲ある波のささやきを聞く
ともだちは気づくだろうか好きですと切手の裏に隠した呪文
山裾の小さな寺に詣でるには猫の許しが必要らしい
夜間飛行窓の下にはスタジアム色とりどりの歓喜をつめて
さしのべた腕が小さな橋になった世界はむしろここにはじまる
旅先の窓にこぼれるバイエルはたどたどしくてものがなしくて
日時計の影は進むに任せよう心の紐をちょっと緩める
果てしない本を拾い読みするように東京という街をあちこち
錆の香のいとど漂ふ港町船の名前をつなぎ詠む歌
いつの日か地球の光背に受けて月面基地で砂を掬おう
思いきり遠くへ旅に出てみたいこの歯ブラシのすりきれる迄
駅のすみ塗装のはげた貨車がある君には昔会った気がする