手袋

 この手袋ですか? ええ、確かに不便なこともありますよ。しかし、これを脱いで、腕をむき出しにしてゐると、驚かれることが多いんでね。

 理由を知りたいのですか?ぢやあ話しませうか。以前、僕が夜の街を歩いてゐると、ゴミ溜めに何か肉の塊が落ちてゐたのですよ。僕はギクッとしましたね、何だか白つぽくて、やたら人間の手に似てゐたものですから。それで、近寄つて見てみたら、果たしてそれは実際人間の手だつたのですよ。女の人のね。

 さうなるとあなたも残酷なことを思ひ浮かべてしまうでせう? 僕も、とんでもない事件に巻き込まれかけてゐる、と思ひました。しかし、いまでも理由がよくわからないのですが、僕はその手を拾つてしまつたのです。どういふ訳か、怖くもなかつたし、別段嘔吐感なんかも起きませんでしたね。

 部屋に戻つてよく見ると、本当に美しい手です。この手をどうすべきか、それなりのところに届け出るのが本筋だとは思ひましたが、いつかゴミの日にごまかして捨ててしまはうかと。結局拾つた意味がないのですがね。

 で、手はとりあへず冷蔵庫に入れておくことにしました。ところが、この手が全く腐らないんですよ。さう、先刻も言つたとほりあまり綺麗な手ですからときどきなでてみたりもしましたね。まあ、そのせゐで腐らなかつたのだとはとても思へませんが……。しまひには、全然腐らないんだから、この手は生きてゐるんぢやないか、とすら思へてきたんです。さう、この手は戻るべき体を待つてゐて、それで腐るに腐れないんぢやないか、つて感じてきましてね。

 いたたまれなくなつた僕は、ある日行動にうつしたんですよ。この手が体に帰りたがつてるなら、僕がその体になつてやらうぢやないか、つてね。僕は鋸で腕を切り落としました。それがまた、全然痛くないんですよ。冷蔵庫から件の手を取り出し、僕は自分の腕にくつつけました。すると、その瞬間、手は僕の腕にくつつき、完全に僕の体の一部になつた、つて訳です。

(男、ここで手袋を外す)

 ほら、ご覧なさい。綺麗な手でせう? この通り、ちやんと動きもしますよ。でもやつぱり女の手ですからね、照れくさいし、他の人には気持ち悪いでせうから……。やつぱり手袋を着けてゐるのにこしたことはないですねえ。

 え? 切り落とした僕の手ですか? それがねえ、まだ僕の家の冷蔵庫に入つてゐるんですよ、全然腐りもせずに。……さうだ、あなた、僕の腕を引き取つてやつていただけませんか? ほらほら、さつさと立つてくださいよ、さあ、行かうぢやないですか……

※この作品は、「詩とメルヘン」1997年8月号に掲載されました。